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若松町の古き地名・道ほか 案内図

昭和29年4月に府中町・多磨村・西府村の1町2村が合併して府中市が誕生しました。市の史料 を調べた結果、現在の若松町域は多磨村の人見、常久と是政の一部であったことがわかりました。
(常久、人見、是政および道名をクリックでその詳細解説の項にジャンプします。)

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古き地名

 上述しましたように、昭和29年に1町2村が合併して府中市が生まれましたが、多磨村については明治中頃(明治22年)に、江戸時代からの押立・車返・人見・上染屋・下染屋・常久・小田分・是政の8つの村が合併し一つになった村でした。そのうちの人見・常久・是政(一部)の三つの旧村が現在の若松町の地にあったということになりますね。しみじみと歴史を感じます。

 

古き道

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◎甲州街道

 

甲州街道の名は、この道が甲州へ通じることに由来します。この道は、慶安頃(1648~52)に
開設された江戸と甲州を結ぶ幹線道、五街道の一つです。
(五街道とは)東海道、中山道、甲州街道、日光街道、奥州街道の五街道。これらは江戸時代
の主要道路として道中奉行の支配下に置かれ、他の重要な脇街道を含め幕府の直轄地でした。

人見みち

◎人見道 (人見みち)

 

人見道(ひとみみち)の名は、この道が八幡宿から人見へ行く道だったことに由来します。
この道は、「こみとめ道」と合流して人見街道に通じています。
(こみとめ道)”こひとみ”(小人見=現在の府中基地内の旧地名)が訛って”こみとめ”に
なったのかもしれません。

人見街道

◎人見街道

 

この街道は、国府の府中から人見村、乗猪を経て大宮に行くもので、大宮街道、野州街道
とも云われます。また、府中、乗猪、豊島を経て須田の渡しからか下総へ行くのが下総街道
です。昔人見街道を通り、大宮の三宮氷川神社から神輿が人見村の御宿所まできて、そして
六所宮の国府祭(くらやみ祭)に参加したのです。

浅間社表参道

◎浅間社表参道

    

浅間山々頂の社への参道。三井グランドができてから多少道筋が変わり、甲州街道からは、
おそらく常久八幡で北上し、府中工業高校の東の道を通り人見街道に出たものでしょう。
4月1日の浅間社の祭礼は、明治半ばごろまでは大変賑わって、縁日の店なども多く出て
人でも多かったという。その後も、人見街道との角には、祭礼の日には浅間神社の銘のある
提灯が下げられたそうです。

品川みち

◎品川道 (品川みち)

 

品川道の名は、この道が品川の宿へ通じる道だったことに由来します。この道は「品川街道」
「筏道」などとも呼ばれます。この道路には一里塚(市史跡)があります。
(一里塚跡)甲州街道常久一里塚として市史跡に指定されています。慶長年中(1596~1614)
に設置された甲州街道の一里塚跡で、江戸日本橋から七里の地点に当たっています。甲州街道
本宿一里塚(市史跡)がNEC事業所の構内にあります。 

更新履歴

・2012. 10.25 初版公開。
・2012. 06.25 Newマーク表示改定(期限付き)
 

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